探勝路の優勝登山 20190825-27猪苗代駅~磐梯山~裏磐梯

昨年上高地に行ってから探勝路への興味が高まり、色々と調べている内に裏磐梯は日本でもっとも探勝路が集まる場所ではないかと考え、行ってきました。

せっかくなら荷物をすべて自分の足で運びたい。その過程と結果は車で運ぶより不便で豊かだ。不便さとは、過程に時間を掛けるという点で、贅沢な行為と言える。かつて忌野清志郎が言っていた。「本当に必要なものだけが荷物だ」
さいこうの時間を作るためには、自分の足で担ぎ上げるって行為が必要だと思うんですよ。

最近思うのが、登山で大切なことは山に没頭して楽しみきることで、それこそかくれんぼに没頭しておしり隠すの忘れちゃって小熊に見つかるくらいの奴が一等賞だと。

かつてザ・なつやすみバンドは「悲しみは僕をこえて」という曲の中でこう歌った。「歌う、絵を描く、抱き締める、なんでもいい」

それならば、と翻る。歌う、絵を描く、一歩に集中する、花を同定する、写真を撮る、景勝を求める、川に入る、昆虫と遊ぶ、落ち葉を踏む、エサではないメシを食う。なんでもいい。それができた奴だけが、優勝登山を手にできるのだと思う。

テント泊の時にはたまにある。準備しながらやめようかと思うことが。この日もあった。日帰りにしようかなんて。そんな思いを振りきるように夜行バスに乗って猪苗代駅へ。まだ早朝の4時29分だった。ほの暗くて寒い。急いでレインウェアを着込み、発つ。当然タクシーもないのでアプローチは1時間徒歩だ。途中前調べしていたコンビニでおにぎりを6つと水を買った。登山するおじさんが話しかけてくれた。荷物が重そうで心配してくれた。

つい先程まで薄暗かったこの街に、少しずつ朝日が射していく。作り物みたいな鶏の声が聞こえてきて、洩れ出す光があたたかい。道路の脇を流れる水路からは激しい水の音が聞こえている。突然現れた女子中学生みたいな二人がねむたげに挨拶してくれた。良い街だな、そう思った。
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1時間以上かけて猪苗代スキー場登山口へ。アプローチに着くと最後のトイレを済ませた。入る前に作業員みたいな70代くらいのおじいさんがちょうど出てきて声をかけてくれた。

「トイレか?あそこは大をするにはすこし覚悟がいるぞ」
「ほんとうですか、ありがとうございます」

歩き出したは良いものの、登山道の入口が見つからない。疲れてまでタクシーに乗らない選択をしたのは早く出られるからだ。正式な登山コースに戻るまでにめちゃくちゃ時間を使ってしまった。せっかく書いてきた登山届も出せないままだった。登りながら自分の体力のなさを思い知る。特に登る筋力が足りていない。わかっちゃいるけどやめられない。スーダラしていく。とにかく基本に忠実に。行動食と水はこまめに。そして小幅の足取りを意識して、呼吸を深くした。ようやく合流した頃には、汗でびっしょりだった。振り返って見える猪苗代湖を見て、あんなに遠くからここまで来たのかと奮い立たせた。
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赤埴山を越える頃、少し休憩した。いまの体力や懸念事項を地図を見ながら振り返ってみた。コースタイムは余裕がある。14時には裏磐梯登山口まで下山できるし、計画してた通り南側へも西側へもエスケープできる。乗り越えた後の探勝路を歩く自分を想像して気持ちをあげた。しかし、磐梯山の山頂まで行くのは諦めた方がいいかもしれない。ガスっていて眺望は微妙だろうし、ここでの45分は体力と時間の面で下山にリスクを高める。そんな選択に少し情けなさを感じながら沼ノ平を歩いた。すると、あるおじいさんが登山ザックを道に放り投げて、なたで草刈りをしていた。

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「あれー?さっきトイレで会ったお兄ちゃんじゃねえか」
「あっ、どうも」
さっき声を掛けてくれたおじいさんだった。どうやら登山道の整備で草を刈っているようだった。

「それ担いで表磐梯から越えてきたのか、好きだねーあんたも。今日はどこまで行くの?」
裏磐梯まで。どうしてもテント担いで歩いていきたくて」
「はーそれで、磐梯山にも登るの?」
「いや、それはちょっと諦めてます」
「いいんだよそれで。ひとそれぞれなんだから。」

なんだかこの一言に無性に救われ、元気をもらえた。方言も祖父母と話しているようで安心した。それからの足取りは、なんだか勇気が湧いてきて、山を楽しむ気持ちが復活した。そうだった、山は楽しむものだった。おしりを出した子、一等賞だ。

この会話がなぜあんなに力をもらえたのか、色々考えてみたところ、あのおじさんの言葉はやさしかったのだと思う。情けない気持ちになっていた自分を知ってか知らずか、自分のやりたいことを肯定してくれて、それがほとんど誰ともすれ違うことのなかった心細くなる登山道のなかで、とても嬉しかったのだ。

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沼ノ平を越えて、櫛ヶ峰と磐梯山の肩に着く。そこからの眺望が本当に素晴らしく、猪苗代側から臨む表磐梯とはまったくちがう表情を覗かせた。山肌は露出していて、皮膚というより肉や骨が見えているような。赤茶けた、すぐにでも崩れそうな石や土だった。あまりに脆い。そして私のいる肩からは左に天狗岩を配して裏磐梯がばっちり見えた。一面の森の中、左側には桧原湖と銅沼が見える。銅沼はエメラルドグリーンみたいな色をしていた。屹立した櫛ヶ峰の様子はどこか危うげで、この先に破線ルートがあるわけだが、少なくともいまの私では無理だろう。計画通り進んだ。

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水場の先、小屋の手前でお昼休憩を取った。水がうまい。裏磐梯でも感じたが、磐梯の水は本当においしい。今まで行った山のなかでは一番おいしかった。その水で、おにぎりとなすの味噌汁を食べる。テント泊装備の人なんて私以外いなかったので、いろんな人から話しかけてもらえたのが嬉しかった。一人に向き合いたいのと、つながり(人に限らず)を感じるのと、両方あるのが山登りだ。この日「好きだねあんたも」と何度も言われた。テント担いで登るのって楽しくて、誇らしくて、嬉しいんだぞ。

40分ほどは休憩しただろうか、脚はかなり回復した。もう山頂にこだわってはいないので、前向きに下山路に体を向けた。ここからはほぼ平坦と下りの森歩きだ。途中雨が降っていた。雨が降った後の森は、独特な香りがする。尾瀬でもそうだった。茶葉を焙じたような、発酵させたような、それでいてなんにも嫌みがない心地よい香りだ。河川敷でよくある腐った植物の香りではない。ひとつ言えるのは植物が喜んでいるということだ。途中、何度か硫黄の臭いが風に混じってきた。

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この日、登りからずっと背の高い草に挟まれた登山道のため、熊鈴を手動で鳴らし続けている。幸いなことに熊は最終日まで会うことはなかった。ただし何度か、犬が唸っているような、哺乳類の低い呻き声みたいなのが聞こえてきて、怖かった。

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銅沼に着く頃、ちょうど雨が土砂降りになった。周りに木々が多いのでザックカバーを掛けようか迷っている内にいつのまにか晴れていた。スキー場に着くと、大きな松の木があった。その高い高い松の枝にはロープが結ばれていて、ブランコになっていた。たまたますぐ前を歩いていた女性と互いに乗り合い、写真を撮ってもらった。赤埴山あたりで天の庭という場所があったが、この場所こそ、天の庭、神の玉座ではないか。ブランコの台座は少し高い場所にあり、えいやっとジャンプして飛び乗った。高度感がすごくてスリルがある。

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スキー場を下りるとホテルで入浴させてもらった。一日の疲れを流す。下山中、ザックの重さからか、両腕の肘間接周辺の筋肉が炎症してるような痛みがあったが、風呂に浸かるとすぐに消えた。肩と腰には赤い痕がついていた。コーラを飲んで一息ついて、キャンプ場に向かった。余裕があれば五色沼探勝路を巡る計画だったが、湯に浸かっては気分はもう閉店だった。テントを張ってゆっくりしたい。

場所は庄助キャンプ場。湖のほとりにある場所で、ピンク色のミソハギが咲き誇り、その後ろには磐梯山がそびえていた。まるで、アイリスマードック「鐘」に出てくる湖みたいに素敵だった。今日辿ってきた道を振り返る。磐梯山がかつて1888年に小磐梯山の山体を自らふっとばしてつくった裏磐梯の湖に、もし鐘が埋まっていたら。確かに人は死んで村は沈んで、動物も植物も消えた。ただ、その地には新たな生が育まれている。

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この日は、フリーズドライのカレーを食って寝た。疲れていたので20時過ぎには就寝した。

2日目、すばらしいテント場だったので、連泊しベースキャンプとすることとした。今日の主題は探勝路を巡ること。五色沼探勝路を越えて、桧原湖の東側の探勝路を巡り、レンゲ沼や中瀬沼あまりの探勝路を歩いた。

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3日目。探勝路巡りを切り上げて、温泉と食事とお勉強。まずは噴火記念館でお勉強。この2日間、山や森を歩きながら、登山について深めるには「山」や「森」の生い立ち、火山や地球についてもっと知る必要があると気づいた。すべては山に没頭するために必要なこと。その後、キャンプ場近くの香の湯という源泉かけ流しの露天風呂へ。裏磐梯は本当に温泉もコンビにも徒歩6-7分の場所にあって、快適に過ごせる。それがいささか便利すぎてたまに傷という場合には、テントを背負ってくればいいのだ。10時39分のバスで猪苗代へ向かい、そのまま会津若松方面へ。七日町駅の「澁川問屋」という懐石の郷土料理を出してくれる旅館へ。ここで食べた魚が実にうまく、特に棒だら煮は抜群にうまかった。

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